片手打ちバックハンド冷遇時代の終わり
かつての木製ラケット時代は片手打ちでバックハンドを打つのが普通で、両手打ちバックハンドは重い(500g超)のラケットが扱いづらい女性やお子さんが仕方なく使う感じだったと聞きました。(今でも両手打ちフォアハンドの扱いにその名残がありますね。)
30年ほど前にラケットやストリングス (ガット) は自然素材から科学素材製に変わり、誰でも速度が出せ、遠くまで飛ばせ、回転がかけやすくなりました。
一般レベルまで打ち合うボール速度は上がりトップスピンを常用するスタイル。片手打ちよりも導入しやすく「力が入れやすい」と感じる両手打ちバックハンドが圧倒的多数派になります。
ただでさえ導入が難しい片手打ちバックハンドです。自分の周りに居るまだうまく打てない段階の方々を見て「片手打ちバックハンドなんてやる意味がない」と両手打ちバックハンドを使う方々から鼻で笑われてしまうような時期が続きました。
ただ、ここ数年で片手打ちバックハンドの男子トップ選手が増えました。フェデラー選手、ワウリンカ選手、ディミトロフ選手、チチパス選手、シャポバロフ選手、そしてティーム選手が2020年のUSオープンで優勝。大会上位を占めそうな選手がこれだけ居る中、以前のように「片手打ちバックハンドなんて…」とあからさまに言われる事は無くなったでしょう。
でも、皆、口には出さないだけで「両手打ちバックハンドの方が上だ」と思っているかもしれません。だから「片手打ちバックハンドでやっていこう」と考えるなら最低限、導入の難しさを乗り越え、両手打ちバックハンドの方々と同じ位に打ち合えるまで自身を上達させる必要があると考えます。プロと同じく「両手打ちバックハンドに負けないどころか勝ってしまう」所を自分が示せれば片手打ちだからというだけで侮られる事は無くなります。
また、両手打ちバックハンドの方々が全て「フォアハンドと遜色なくバックハンドを打てている」訳ではないです。導入の難しささえ突破できれば問題なく追いつける位置で “足踏み” しているのかもしれません。
でも、片手打ちバックハンドの導入が難しいのは変わらない
でも、片手打ちに対する声が収まっただけで「両手打ちバックハンドに比べて導入が難しい」という点は改善されていません。
個人的にですが、
- 両手打ちバックハンドは「ボールを打つ」所から始められる
- 片手打ちバックハンドは「ボールを打つ感覚を掴む」という “スタートライン” に立つまでがまず苦労する
と考えています。
「打てる」と「打てない」の差は大きいです。
「打てない」が続けば気持ちが続かないし、自分の選択に疑問も湧くでしょう。上達を目指すには「自分が成長している実感」も重要です。
両手打ちバックハンドなら習い始めたその日からボールを飛ばせ、それ以降を『練習時間』に当てられますが、片手打ちバックハンドはボールを打つ感覚を掴めなければ5年、10年経っても満足に打てないという事がありえます。
※片手打ちバックハンドのトップスピン系が打てない、難しい事で「バックハンドはスライス中心」というスタイルも考えがちですが、道具の進化、ボール速度、回転の利用、相手の奪うテニスになった現代では我々レベルでも妥当とは言いづらいです。また「バックハンドはスライス中心」という方でも守備的に使うだけ、ピンポイントで狙える精度、攻撃的に使える自信を持つまで向上させる事も少ないです。フォアハンドを常にスライスで打つ方が少数派なようにトップスピン系の代替になっていないならある種の『精神的な逃げ、現実逃避』かもしれません。
30年近く変わらない打ち方の説明
私が最初にテニスを習ったのが1990年代。ピート・サンプラスさんが世界No.1だった頃です。
私は最初から今までずっと片手打ちバックハンドですが、教わる『片手打ちバックハンドの打ち方』は当時も今も殆ど変わっていない気がします。(それは他ショット、フォアもボレーもサーブも同じ)
サンプラスさんが世界No.1だった時代とジョコビッチ選手、ナダル選手、ティーム選手が上位に居る現代、そのテニスが大きく違っているのは誰に目にも明らかでしょう。
また、スポーツに対する科学的研究も進み、身体の機能の有効な使い方も色々と知られてきています。
片手打ちバックハンドに限りませんが、テニス自体も、身体の使い方に関する研究も進んでいる中、教わる『ボールの打ち方』が30年近く変わらないのは『疑問』でしかないのです。
テニスも科学的常識も変わっている中、身近に触れる情報が変わらないままなら我々の方が疑問を持ち、自分で考えるべきだろうと考えます。
ただでさえ「スタートラインに立つまでが難しい」片手打ちバックハンドです。「教わる通りにやっていてもうまくいかない」状況は昔よりも悪化している可能性すらあります。
昔、教わった『片手打ちバックハンドの打ち方』はこんな感じ
20数年前に教わった『片手打ちバックハンドの打ち方』から大きく変わっていない気がすると書きましたが、私が最初に教わった打ち方はこんな感じの説明です。
1. ボールに対して横向きになる
2. 打点は “かなり” 前。ラケット面を “後ろ” から支えられる腕と身体の位置関係、ラケット面を通して後ろ側からボールを見るようなインパクト
3. 身体が開かない、回ってしまないように左右でバランスを取り、肩甲骨を開くように、横向きを保ちつつフォロースルーする
以前のテニスは「ボールが飛んでくるのを待って」打っていた
サンプラスさんが現役の頃は山なりの緩いボール (バウンドも高くなる)も多用していました。
Pete Sampras vs Andre Agassi: Best ATP Shots & Rallies!
ボールが飛んでくるのを待って打つ事で、深いボールに喰い込まれるように身体の近い位置で打ち、少し窮屈に振り上げる打ち方もよく見ました。
今思うと私が教わった片手打ちバックハンドの打ち方は
「ほぼ横向きになった “その” 位置でボールが飛んでくる、バウンドしたボールが落下してくるのを待ち、バウンドしたボールが落下してくる所を下から上にラケットを “腕の動き” で振り上げて打つ」
といった感じ。これは当時のテニスを前提にしているのではないかと考えています。
化学繊維製のラケット、ストリングス (ガット) も品質や製法が改良され、一層ボールが飛びやすくなっています。バウンドしたボールが「落ちてくるのを待って」打とうとするなら毎回、無駄に後退して打たざるを得なくなるでしょう。テニスは『相手ありきのスポーツ』です。コーチの球出しのボールを打つ状況を前提に考えては自分が困ります。
大きく下がる事で相手コートまで遠く、飛ばすのに多くのエネルギーが必要で、相手にも時間的余裕を与えます。それを常用する事が望ましいか考えた上で用いなければなりません。
ボールが飛び回転がかかるのは物理的な現象
「ボールが飛び回転がかかるのを物理的な事象」です。
超能力的なもの、必殺技的なものでボールの威力が上がる、自分が加える以上のエネルギーを「ラケットやストリングス (ガット) が足してくれる (ルール違反)」訳でもありません。
ボールの威力を決めるのは
- ボールに伝わる『エネルギー量』
- ボールへの『エネルギーの伝わり方・伝わる方向』
の2つ。
エネルギー量は『1/2 x 物体重量 x 物体速度 ^2 (2乗)』で表せるそうです。
ボールを飛ばし回転をかけるのに使えるエネルギーは基本
- 『1. 重量と速度を持って飛んでくるボールのエネルギーを反発させる』
- 『2. 自ら加速させたラケットの持つエネルギーをボールに伝える』
の2つだけです。
我々はショットによってこの2つを使い分ける、バランスを取る必要があります。
とにかく威力のあるボールを打ちたいなら「出来るだけ重いラケットをインパクト前後までに出来るだけ加速させ、うまくボールを捉える」とった事が言えます。
当たり前のようですが『形』がどうこう言っているのがバカらしくなるほどシンプルで誰にでも同じように理解できる理屈です。同時に『脱力』ではなく「リラックス状態と力を込めるタイミングバランス。終始、力んでいたらうまく動けない」と言えば皆が同じように分かります。
両手打ちバックハンドの方が強いボールが打てる?
私が片手打ちバックハンドの練習を始めた頃、「両手で握るのだから両手打ちバックハンドの強いボールが打てる」と言われていました。
当時は知識も無かったので具体的な反論ができませんでしたが、物理的な理屈から考えれば物体の持つエネルギー量は『1/2 x 物体重量 x 物体速度 ^2 (2乗)』で表せるので
「同じ条件のラケット・ストリングス、同じ条件のボールを同じインパクト前後のラケット速度で同じようにボールを捉えて打つなら、片手打ちだろうが両手打ちだろうがボールに加えられるエネルギー量は同じ」
です。
むしろ「加速に距離が取れる片手打ちバックハンドの方がインパクト前後のラケット速度が高めやすい」という事が分かってきました。
「両手で握るのだから両手打ちバックハンドの強いボールが打てる」と言われる場合、物理的な理屈を前提とせず「両手で握る」というイメージだけで話している感じ。「では、何故、あなたはフォアハンドを両手で打たないの?」という話になりますね。(打ちづらさとは別に利き腕だけで振る方が速く振れる実感はあるでしょう)
私は、両手打ちバックハンドは「相手ボールのエネルギーを利用してコンパクトなスイングでカウンター的に打ちやすい」特徴があるし、
片手打ちバックハンドは「ボールに向かってラケットを加速させていき (カウンターではなく) 自分から打っていく」スタイルに向いていると考えています。
それぞれの打ち方を見てこれらのイメージがあるでしょう。
この辺りの特性を知らない、考えてみないまま「両手の方が (片手の方が) 強い」と言っても仕方がないし、片手打ちである、両手打ちである自分が何をしていくべきなのかも分からないままになってしまいます。